熱伝導方程式の解き方

厚み a の板を温度 T0 にして置いておくと,温度分布はどうなっていくでしょうか. 前半は講義ノートどおり,Fourier の法則から熱伝導方程式を導き,変数分離と Fourier 級数で解きます. 後半はノートの先へ進んで,板のまわり(空気や水)まで含めて解きます. そこで顔を出すのが,熱拡散率 κ² とは別の量 ―― 熱侵入率 b = √(Kρc) です. 「金属に触ると冷たい」の答えが,この b にあります. 最後に,境界条件を Newton の冷却則に置き換えて対流と放射を入れます. 固有値が ωa = nπ から μ tan μ = Bi という超越方程式に変わり, 境界条件が変われば固有値問題ごと変わることが見えます ―― セラミックスを焼く電気炉のまわりで起きていることが,そのまま出てきます.

1. Fourier の法則から

断面積 S の棒を x 軸に沿って置きます.両端の温度を T(0), T(a) とし, T(0) > T(a) としましょう.時間 t のあいだに断面を通って流れる熱量 Q は, t にも S にも温度勾配にも比例するはずです.比例定数を K と置けば

Q=KtS T(0)−T(a) a−0 (1)

この K が熱伝導率です.微分の形で書けば,熱流束(単位時間・単位面積あたりの熱)は q = −K ∂T/∂x.マイナスは「熱は高いほうから低いほうへ流れる」ことを表します.

2. 微小区間の収支から方程式へ

x と x + dx にある 2 つの断面を A, B とします.A から入る熱と B から出る熱は

dQA= KS(− ∂T∂x)A dt , dQB= KS(− ∂T∂x)B dt

B での勾配を A のまわりで Taylor 展開すると (∂T/∂x)B ≒ (∂T/∂x)A + (∂²T/∂x²)A dx. したがって,この区間に溜まる熱は

dQ= dQA−dQB =KS ∂2T ∂x2 dxdt (2)

一方,その熱が温度を dT だけ上げたのなら,密度 ρ,比熱 c を使って

dQ=cρS dxdT (3)

(2) = (3) とおいて S, dx, dt で割れば,熱伝導方程式が出ます.

∂T∂t =κ2 ∂2T ∂x2 , κ2≡ Kρc (4)
κ² は「速さ」の量 熱拡散率 κ² = K/(ρc) は,伝えやすさ K を,溜め込みやすさ ρc で割ったものです. 分母が小さいほど大きい ―― 熱を溜め込まずに素通しするほど速い. 単位は m²/s で,長さの 2 乗を時間で割った形になっています. ここから,あとで出てくる √(κ²t) が「熱がしみ込んだ深さ」だと読めます.
物質の値K は講義ノートの表,ρ と c は標準的な文献値. いちばん右は厚み 1 cm の板が均される目安 a²/κ²
物質K [W/(m·K)]ρ [kg/m³] c [J/(kg·K)]κ² [m²/s]b [J/(m²·K·√s)]1 cm
銀428104902351.74×10⁻⁴324820.58 s
銅40389603851.17×10⁻⁴372850.86 s
アルミニウム23627008979.74×10⁻⁵239071.0 s
鉄83.578744492.36×10⁻⁵171824.2 s
空気0.02411.29310051.86×10⁻⁵5.65.4 s
氷2.291720501.17×10⁻⁶203485 s
ガラス0.7525007504.00×10⁻⁷1186250 s
水0.58999.741921.38×10⁻⁷1559723 s
この表の読みどころ 空気の κ² は鉄と同じくらいあることに注意してください. 熱の「広がる速さ」だけなら,空気は金属並みなのです. なぜそう感じないのか ―― その答えは κ² ではなく,いちばん右から 2 列目の b にあります(§7).

3. まず定常状態(ノート (2))

両面の温度を T0 と Ta に保ち,時間が経って落ち着いたとします. ∂T/∂t = 0 なので (4) から ∂²T/∂x² = 0,つまり T は x の 1 次式です.

T(x)= Ta−T0a x+T0 (5)

まっすぐな直線.壁の断熱を考えるときはこれで足ります. 面白くなるのは,ここに時間が入ってからです.

4. 変数分離(ノート (3))

板の両面を T = 0 に保ち,初期分布が与えられた場合を解きます. T(x,t) = X(x)T(t) と置いて (4) に入れ,XT で割ると

T˙T 1κ2 = X″X =α(定数) (6)

左辺は t だけ,右辺は x だけの関数です.両方が等しいのだから, どちらも定数でなければなりません.あとは α の符号で場合分けします.

ここが要点 境界条件が,許される ω を離散化しました. ωn = nπ/a という「飛び飛びの値」しか許されない. ―― 井戸型ポテンシャルに閉じ込めた粒子のエネルギーが飛び飛びになるのと,まったく同じ構造です. 熱伝導方程式と Schrödinger 方程式は,式の形としては i があるかないかの違いしかありません. ―― もっとも,その i ひとつで,なめらかになって消えていくか, 位相が回って干渉するかが分かれます.同じなのは Laplacian の固有値問題までです.

時間のほうは (6) の左から Ṫ/T = −n²π²κ²/a²,つまり

T(t)= e− n2π2 κ2ta2 (7)

5. Fourier 係数を決める

許される解 Xn = sin(nπx/a) を重ね合わせて,初期条件に合わせます.

T(x,0)= ∑n=1∞ Bnsin nπxa , Bn= 2a ∫0a T(x,0) sinnπxa dx (8)

ノートの初期条件 T(x,0) = (4T0/a²)·x(a−x)(中央で T0 の放物線) で計算します.使う積分は 2 つだけです.

∫0ax sinnπxadx =a2nπ (−1)n+1
∫0ax2 sinnπxadx =a3nπ (−1)n+1 −2a3 n3π3 [1− (−1)n]

a·(1 つめ) − (2 つめ) を作ると,(−1)n+1 の項が完全に打ち消し合って, 残るのは 1 項だけです.

Bn= 8T0a3 · 2a3 n3π3 [1− (−1)n] = { 32T0 n3π3 (n:奇数) 0(n:偶数) (9)
3 つの検算 ① 偶数モードが消えるのは当然です.初期分布は x = a/2 について左右対称ですが, sin(2πx/a) は反対称.対称な関数を反対称な関数で展開しても係数は 0 になります. 偶数が残ったら計算間違いだと分かる,便利な目印です.
② n³ で落ちるのも当然です.初期分布がなめらか(角がない)ほど,高い成分は速く小さくなります. 角のある「一様 T0」なら,あとで見るように n¹ でしか落ちません.
③ 中央の値を足してみる.x = a/2 で B1 − B3 + B5 − … = (32T0/π³)·β(3) となり,β(3) = π³/32 なのでちょうど T0.

板全体が一様に T0 の場合も同じ式で計算できて,こちらはもっと簡単です.

Bn= 2T0nπ [1− (−1)n] = 4T0nπ (n:奇数) (10)

まとめると,求める解は

T(x,t)= ∑n:奇数 Bn e− n2π2 κ2t/a2 sinnπxa (11)

図 1:級数を何項まで足すか. t = 0 の分布を,n = 1 から順に足していったものです. 放物線ならすぐ重なりますが,一様 T0 は角があるので端が波打ちます ―― Gibbs 現象です.項をいくら増やしても行き過ぎは残り,位置が端へ寄っていくだけです. その大きさは段差の全体(一様 T0 を奇関数に延ばすと 2T0)の約 9 %で, T0 でいえば約 18 % ―― 初期分布を「一様 T0」に切り替えると, 下の「行き過ぎの最大」が約 18 K を指します. 時間が経てば高次が落ちて消えます.

6. 解を読む ―― n² と a²

(11) の指数の肩を見てください.n² が乗っています. つまり n = 3 のモードは n = 1 の 9 倍速く,n = 5 は 25 倍速く消えます.

だから熱伝導は「なめらかにする」働きをする 細かい凸凹(高い n)ほど速く消えるので,どんなにギザギザな初期分布でも, すぐに n = 1 の山ひとつだけになります.あとはその形のまま,指数関数で小さくなる. シミュレーターの真ん中の図(モードの棒グラフ)で,右のほうから順に消えていくのが見えます.

いちばん遅い n = 1 が全体の時間を決めます.その時定数は

τ= a2 π2κ2 (12)

a の 2 乗に比例します.厚みを 2 倍にすると 4 倍かかる. これが「距離 x を伝わるのに t ∼ x²/κ² の時間がかかる」という拡散の基本則です. 逆に言えば,時刻 t までに熱がしみ込む深さは √(κ²t).あとで使います.

厚み 2 cm の板の τ物質を変えると「時計の進み方」だけが変わります
物質τ = a²/(π²κ²)銅の何倍か
銅347 ms1
アルミニウム416 ms1.2
鉄1.72 s5
空気2.19 s6
氷34.6 s100
ガラス101 s292
水293 s844

7. ノートの先へ ―― まわりまで含めて解く

ここまでは「板の表面を Ts に保つ」という境界条件でした. しかし実際には,まわりの空気だって温度が変わります.そこで x < 0 と x > a にも同じ (4) を立てます.違うのは K, ρ, c だけ.

境界条件は「温度を指定する」のではなく,2 つの領域をつなぐ条件になります.

温度が連続 T1(0−) =T2(0+) 熱流束が連続 K1 (∂T∂x) 0− =K2 (∂T∂x) 0+ (13)

1 つめは「界面に温度の飛びが残らない」,2 つめは「界面に熱が溜まらない」. K が違うので,温度の傾きのほうが折れ曲がります. シミュレーターの図で,界面(破線)のところで線が折れているのがこれです.

半無限どうしなら手で解ける

板が十分に厚くて,まだ反対の面の影響が届いていないあいだ(t ≪ a²/κ²)は, 2 つの半無限の物体を x = 0 で接触させた問題になります.これは厳密に解けます.

半無限媒質で表面温度を Tc に保ったときの解は誤差関数で書けます.

T(x,t)= Tc+ (Ti−Tc) erf|x| 2κ2t

これを微分すると,表面を通る熱流束の大きさは

|q|=K | (∂T∂x) 0 | = Kρc |Ti−Tc| πt

―― 出てきたのは K でも κ² でもなく,√(Kρc) という組み合わせです. 両側の熱流束が釣り合う((13) の 2 つめ)ようにこの Tc を決めれば,

Tc= b1T1+ b2T2 b1+b2 , b≡Kρc (14)
b は「強さ」の量 熱侵入率(thermal effusivity)b = √(Kρc) は, κ² = K/(ρc) とまったく別の量です. κ² は「どれだけ速く広がるか」,b は「どれだけ強く熱をやりとりできるか」.
(14) の意味するところは強烈です ―― 界面の温度は接触した瞬間に決まり, そのあとしばらく変わりません.t がどこにも入っていないからです. そして,その値は b の大きいほうへ引き寄せられます.

図 2:2 つの物体を接触させる. 界面(x = 0)で線が折れているのが (13) です.緑の破線が (14) の Tc で, 時間が経っても動きません. 銅と空気を選ぶと,界面は銅の温度にほぼ張り付き,空気のほうが銅に引きずられます. 銅と水にすると,水の b は空気よりずっと大きいので,界面は空気のときよりはっきり下がります.

空気は「速いが弱い」

表をもう一度見てください.空気の κ² は鉄と同じくらい(1.9×10⁻⁵ 対 2.4×10⁻⁵ m²/s)です. ところが b は 5.6 対 17182 ―― 3000 分の 1. 密度が 6000 分の 1 しかないので,熱を溜めることも運ぶこともほとんどできないのです.

だから 100 ℃ の銅板を空気中に置くと,(14) は

Tc= 37285×373+5.6×293 37285+5.6 =372.99 K

銅はほとんど冷えません.冷えるのは空気のほうです. (実際には対流が効くのでこれほど極端ではありません.§9 参照.)

金属が冷たく感じる理由 皮膚の b は 1000 程度です.20 ℃ の金属(b = 37000)に触ると, (14) から界面は金属側にほぼ張り付き,皮膚の表面が一瞬で 20 ℃ 近くまで引き下げられます. 同じ 20 ℃ の木(b ≈ 400)なら界面は皮膚側に寄るので,ほとんど冷たく感じません. 触って分かるのは相手の温度ではなく,相手の b です. ―― 温度計が要る理由でもあります.

8. 数値ではどう解くか

板とまわりを合わせると K が界面で跳ぶので,きれいな級数解は書けません.数値で解きます. 使ったのは有限体積法です ―― 微分方程式を離散化するのではなく, 各セルのエネルギー収支をそのまま書くやり方で,こうすると保存則が自動的に守られます.

(ρc)ih dTidt = Ki+1/2 Ti+1−Tih − Ki−1/2 Ti−Ti−1h (15)

面の K は調和平均にとります.

Ki+1/2 = 2KiKi+1 Ki+Ki+1
なぜ相加平均ではだめか 隣り合う 2 つのセルは,熱抵抗 h/(2K) が直列につながっています. 直列なら足すのは抵抗のほう.だから K は逆数の平均 ―― 調和平均になります. 相加平均にすると,銅と空気のように K が 16000 倍も違うとき, 空気側の抵抗を無視してしまい,熱が流れすぎます. 調和平均なら,小さいほうの K がちゃんと律速になります.

時間は後退 Eulerで進めます.Tn+1 を未知数にして (15) を書くと三重対角の連立方程式になり, Thomas 法で O(N) で解けます.前進 Euler だと安定条件 κ²Δt/h² ≤ 1/2 に縛られ,銅では Δt がとんでもなく小さくなってしまいます. 後退 Euler は無条件安定なので,その心配がありません.

数値解の確かめ出荷したコードをそのまま取り出して回した結果
確かめたこと結果
級数解 (11) との一致(銅・ガラス・水,両方の初期分布)最大差 0.008 K(ピークの 0.08 %)
界面温度と (14) の一致(5 通りの組み合わせ)差 0.002〜0.13 K
erf 解との一致最大差 0.05〜0.29 K
断熱の箱でのエネルギー保存相対誤差 10⁻⁸ 以下
最終的に到達する温度体積熱容量で重みづけした平均と 10⁻⁴ K 以内

9. 対流を境界条件に入れる ―― Newton の冷却則

ここまでの境界条件は「表面を Ts に保つ」でした. 実際に板を空気中に置いたとき,表面の温度を誰かが押さえつけているわけではありません. 起きているのは,板の中から表面へ伝導で運ばれてきた熱が,そのまま外気へ持ち去られる という受け渡しです.持ち去られる量が温度差に比例するとしたのが Newton の冷却則で, 表面に熱が溜まらないことから,次の条件が出ます.

−K ∂T∂x =h(T−T∞) (16)

左辺が伝導で来る熱流束,右辺が対流で去る熱流束です. 温度そのものではなく,温度と傾きの関係を課している点が今までと違います.

9.1 固有値問題が変わる

この条件は,変数分離のあとの固有値問題を丸ごと変えてしまいます. 初期分布も境界条件も x = a/2 について対称なので, 中央を原点にとって ξ = x − a/2,半厚 L = a/2 とおきましょう. 対称な解しか残らないので X(ξ) = cos(λξ) だけを考えればよく, これを ξ = L で (16) に入れると

KλsinλL =hcosλL ⟹ μtanμ=Bi , μ≡λL , Bi≡hLK (17)
ここが今までといちばん違うところ ωa = nπ は,両辺を見比べればすぐ解けました. ところが (17) は 超越方程式で,μn を閉じた式で書くことができません. 数値で拾うしかないのです.とはいえ構造ははっきりしていて, μ tan μ は各区間 ((n−1)π, (n−1)π + π/2) で 0 から +∞ まで単調に増えるので,根はその区間にちょうど 1 つずつあります. シミュレーターは二分法で拾っていて,読み取り値に μ1, μ2, μ3 を出しています.

図 3:超越方程式 μ tan μ = Bi の根. 青が y = μ tan μ,緑の水平線が y = Bi. 交点が固有値 μn です.Bi を大きくしていくと,根は右の漸近線 (2n−1)π/2(灰色の破線)へ寄っていき,講義ノートの答えに戻ります. Bi を小さくしていくと μ1 → 0 に落ち, いちばん遅いモードだけが極端に長生きする ―― これが集中定数系です. 下の欄で,そのとき時定数がどちらの式に近づくかを見てください.

展開係数のほうは,いつもどおり直交性から出ます. 分母 ∫cos²(λξ)dξ が L(2μ + sin 2μ)/(2μ) になることに注意すると, θ = T − T∞,θ0 = T0 − T∞ として

一様 θ0: Cn= 4sinμn 2μn+sin2μn 放物線 θ0(1− ξ2/L2): Cn= 8( sinμn/μn2 − cosμn/μn ) 2μn+sin2μn (18)
T(x,t)= T∞+ θ0 ∑n=1∞ Cn e−μn2 κ2t/L2 cosμnξL

9.2 2 つの極限で,知っている答えに戻る

この解が正しいことは,両端の極限をとれば確かめられます.

Biot 数の 2 つの極限Bi = hL/K =(板の中の熱抵抗)÷(表面から先の熱抵抗)
Bi → ∞(表面から取り放題)Bi → 0(表面がボトルネック)
固有値μj → (2j−1)π/2μ1² → Bi
係数(一様)4(−1)j−1/((2j−1)π)C1 → 1,他は 0
係数(放物線)32(−1)j−1/((2j−1)³π³)C1 → 2/3
時定数τ → a²/(π²κ²)τ → ρcL/h
正体§5 で解いた問題そのもの集中定数系(全体が一様なまま指数で冷える)

Bi → ∞ の係数に (−1)j−1 が付いているのに,§5 の答え 4T0/nπ(n 奇数)には付いていません. これは基底の取りかたの違いだけです.§5 は端を原点にした sin 基底,ここは中央を原点にした cos 基底で, n=2j−1 と対応させると sin(nπx/a)=(−1)j−1cos(μjξ/L) ですから,符号が移っているだけで,足し合わせた温度分布は同じものです.

「表面を Ts に保つ」の正体 Bi → ∞ の列を見てください.講義ノートで解いた問題は, 「対流が無限に強い」という極限だったということです. 表面温度を固定できるのは,外側がいくらでも熱を受け取ってくれるとき. h が有限なら表面はそこまで下がりきらず,板の中の温度差も小さくなります.
逆の端(Bi → 0)では,板の中の伝導が速すぎて温度差が消え, もはや偏微分方程式ではなく常微分方程式になります ―― ρca dT/dt = −2h(T − T∞). τ に κ² が出てこないことに注意してください.律速しているのは板の中ではありません.

Bi は「板の中の熱抵抗 L/K」と「表面から先の熱抵抗 1/h」の比です. どちらが大きいかで,温度分布の形が決まります ―― 抵抗の大きいほうに温度差が乗るという,電気回路と同じ話です.

初期条件は境界条件を満たしていなくてよい(が,代償がある) §5 では,放物線の初期分布がちょうど端で Ts になっていました. ところが (16) は「傾きと温度差の関係」なので,一様分布も放物線もこれを満たしません. それでも展開はできます ―― 固有関数は完全系なので. ただし係数の減り方が 1/μ² どまりになり,t = 0 の端だけ収束が遅くなります. 少しでも時間がたてば指数減衰が効いて,一気に消えます.

10. 放射と,電気炉で起きていること

高温では,対流よりも放射のほうが効きます.放射の熱流束は εσ(T⁴ − T∞⁴)(σ = 5.670×10⁻⁸ W/(m²·K⁴),ε は放射率). 4 乗のままでは Newton の冷却則の形になりませんが,因数分解すれば

εσ(T4− T∞4) = εσ(T2+ T∞2) (T+T∞) ⏟ hrad (T−T∞) (19)

これは近似ではなく恒等式です(A⁴−B⁴ = (A²+B²)(A+B)(A−B) をそのまま使っただけ). ただし hrad が T に依るので,境界条件は非線形になります. すると重ね合わせが成り立たず,変数分離も Fourier 級数も使えません ―― 数値で解くしかない,というのがここでの答えです. シミュレーターは,各時間ステップで hrad をそのときの表面温度から作り直しています.

放射はおよそ T³ で効いてくる 室温 293 K に対して,ε = 0.9 の面(セラミックス・塗装面)
表面の温度hrad [W/(m²·K)] 自然対流 h主役
50 ℃6.05〜10同じくらい
100 ℃7.75〜10同じくらい
500 ℃375〜10放射
1000 ℃1365〜10ほぼ放射だけ

1000 ℃ では hrad = 136 に対して自然対流は 5〜10 ―― h = 10 と見ても放射だけで対流の 14 倍,h = 5 なら 27 倍の熱を運び出しています. 焼成温度で試料や炉の冷え方を決めているのは,対流ではなく放射です.

赤熱した物が「見える」のは,放射の一部が可視域まで届いているからです. 運び出されるエネルギーの大半は赤外(1000 ℃ ならピークは 2.3 μm あたり)ですが, 可視光として見えるほどの温度になっていれば,放射全体が冷却の主役になっている ―― という目印です. 磨いた金属は ε ≈ 0.03 しかないので,同じ温度でも放射ではほとんど冷えません (魔法瓶の内側が鏡になっているのはこのため).

10.1 3 つの境界条件を,電気炉で読む

ここまでに出てきた境界条件は,どれもセラミックスを焼く電気炉のまわりで実際に起きている状況です.

境界条件と電気炉違うのは「外の端で熱をどう扱うか」だけ
境界条件式電気炉でいうと
断熱∂T/∂x = 0 炉の中.熱が外へ出ないので,試料と炉壁が 熱容量で重みづけした平均温度に落ち着く
温度を固定T = T∞ 無限の熱浴.水槽への焼き入れ,大きな金属定盤の上に置く. §7 の言葉でいえば,相手の b が桁違いに大きい場合
Newton の冷却則 −K∂T/∂x = h(T−T∞) 炉から出す/炉壁ごしに室温へ逃げる. 実際の冷却はほぼこれ
シミュレーターの記号との対応 このページの T∞ は,境界条件が見ている外の温度のことです. シミュレーターの②「まわりも一緒に解く」は,板のまわりの物質(空気・水・耐火レンガ)そのものも解いているので, まわりの初期温度 T∞ と,その外の端の向こうにある 外の温度 Tout が別の入力になっています. 炉が冷めるときは,炉壁は熱いまま(T∞ が高い)で,その外側だけが室温(293.15 K)です. 上の表と (16) の T∞ は,②の Tout にあたります.
炉壁が厚い理由 耐火レンガの K は 0.3 W/(m·K) ほど.厚み d = 50 mm なら熱抵抗は d/K = 0.17 m²·K/W で,外側の表面(1/h ≈ 0.05〜0.1)より大きい. 抵抗のほとんどが壁の中にあるので,壁を厚くすればそのぶん素直に効きます. 逆にいうと,壁を薄くしていくと今度は表面の 1/h が効きはじめ, それ以上は良くなりません ―― 直列につながった抵抗の,いつもの話です.
徐冷(アニール)が必要な理由も Bi です 焼き上がったセラミックスやガラスを急に冷やすと割れます. 原因は温度そのものではなく温度の勾配 ―― 表面だけ縮んで中が縮まないと,引張応力がかかるからです. 勾配の大きさを決めるのが Bi = hL/K.
ガラスの K = 0.75 はアルミナの 30 の 1/40 しかないので,同じ h でも Bi が 40 倍. 中と表面の温度差もそれだけ大きくなります.ガラスに長い徐冷が要るのはこのためで, 逆に金属(Bi ≪ 1)は中まで一様に冷えるので,熱衝撃だけで割れることはあまりありません ―― ただし鋼の焼き入れでは,マルテンサイト変態にともなう体積変化や残留応力のせいで, 焼き割れが起こることがあります.
つまり徐冷とは,h を小さく保って Bi を下げ,板の中を一様に保ったまま温度を下げる操作です.

11. まとめ

3 つの量を混同しないこと κ² = K/(ρc)(熱拡散率) …… 時間を決める. τ = a²/(π²κ²),しみ込む深さ √(κ²t).
b = √(Kρc)(熱侵入率) …… 接触した直後の界面の温度を決める. Tc = (b₁T₁ + b₂T₂)/(b₁ + b₂). 十分に時間が経ったあとの落ち着き先を決めるのは,b ではなく体積熱容量 ρc.
Bi = hL/K(Biot 数) …… 温度分布の形を決める. Bi ≪ 1 なら一様,Bi ≫ 1 なら表面だけ先に冷える.

空気は κ² が鉄なみに大きいのに b は 3000 分の 1 ―― 速いが弱い. この 3 つを分けて考えられるようになると, 「なぜ金属は冷たいのか」「なぜ断熱材は空気を閉じ込めるのか」「なぜ厚い壁が効くのか」 「なぜガラスには徐冷が要るのか」が,同じ 1 つの方程式から出てきます.
境界条件が変われば,固有値問題ごと変わる この教材でいちばん持ち帰ってほしいのは,たぶんこれです. 「表面を Ts に保つ」なら ωa = nπ と即座に解けました. それを Newton の冷却則に変えただけで,μ tan μ = Bi という 閉じた式で書けない超越方程式になります. さらに放射を入れると非線形になり,変数分離という手そのものが使えなくなる.
方程式が同じでも,外との境目の扱いが解き方を決めているのです.

望月研究室・熱力学の教材(熱伝導方程式)の解説ページです. §1〜§6 は講義ノートに沿っています.§7 以降 ―― まわりまで含めて解く,熱侵入率, Newton の冷却則と放射,電気炉 ―― はその先へ進んだ部分です.